絵てがみの心 III

<第1話 初めての出会い>

 新しい年、何よりも平穏とご健康を心からお祈りいたします。
 21世紀になって世界中が平和になることを祈りましたが、現実は同時多発テロ、そしてアフガンの戦争、経済悪化といやな一年でした。新しい年、暗い中でも明るいものを求めたいものです。

  ♪さみしさのつれづれに
 ♪手紙をしたためています。あなたに
 ♪黒いインクがきれいでしょ
 ♪青い便箋が悲しいでしょ

 井上陽水の「心もよう」を聴いていると、何か心がしびれるのを覚えます。そして、世の中のことにあまり肩をこらさずに、絵手紙はすべて「手紙」に徹しようと思いました。あの人に、この手紙を書こう。 と。何と多くの人々の顔が浮かび、喜び悲しみの思いが胸をしめつけることか。そして出会いがあり、胸のときめきを感じる思いに駆られたら素直に「絵手紙」という「手紙」を出そう。「手紙」の中心はあくまでも文章であることを貫き通したい。それが私の手紙に徹するという、新しい年の志となりました。

<第2話 七福神を描く>

 この時期、私は決まって七福神を描くことにしています。七福神めぐりをしながら、一人一人の表情から感じる印象をさっと絵と文章で描きとめるのも絵手紙の楽しさです。
 文献によれば、日本人の七福神信仰が成立されたのは、室町時代の中期ごろで、その末期には「七福神盗賊」と称して七福神の服装で忍び寄る盗人には、福神が来たといって財物を与える迷信があったと言われています。
 盗人に対して財物を与えてあげるとは、ある意味では人間の心が豊かで、幸福な時代だったのかもしれません。それに比べ21世紀の現在、文明は発展したけれど、テロ、報復と言った悲しい争いが繰り返されているのも事実です。だからこそ私は毎年、七福神に人の心の豊かさと、幸福を願わずにはいられないのです。

<第3話 ダーマートで描く>

 ダーマートグラフは芯が短くなると巻いてある紙を引っ張って芯を出すので紙巻鉛筆とも呼ばれますが、鉛筆とは素材が異なっています。温度によってワックスが固くなったり柔らかくなったりしますし、消しゴムで消すことができません。
 なぜダーマートを使って絵を描くのかと言えば、鉛筆では表現できない、多様な「線」が表現できるからです。線の長さ、太さ、濃さ、さらに明暗・強弱・鋭さ鈍さなどなど使い方次第でいろいろ楽しめます。鉛筆と同じように使っても別に悪いことではありませんが、折角使ってみたいと思った筆記用具ですから、素材の特色を生かした使い方をしてみましょう。
 ダーマートは使い方で線に表情が出てきます。モチーフの質感、立体感、濃淡や明暗をどんな線で描けばよいかなかなか難しいものです。でも好奇心で数枚描いていれば、何かの機会にその人なりに会得できると思います。『風景』を描く。スケッチは遠近感と明暗が決め手と思っています。その時の天候、時刻によって随分異なっています。この時は、曇り空で11時にスケッチしました。ダーマートの線の組み合わせと彩色で、その時の私の臨場感が表現できたでしょうか。

<第4話 私はどんな時に毛筆を使うか>

 毎年毎年、同じような花々や野菜など手当たり次第に描いてきました。ものの形が頭の中に焼きついて、本物を見なくても絵が描けます。でも、絵手紙の絵は必ず本物をよく見て感じてから描くことを守っています。本物をよく見て語りかけていると、相手も語りかけてきます。「わたしを毛筆で描いてくれよ」と。そんな時はためらわず毛筆を使います。小さな可憐なもの、細かく繊細なものなどは「鉛筆かサインペンで描いてくれよ」と語りかけてきます。
 最近は自然環境の保護などから、いろいろな材料で作られた紙が出回っています。東洋の伝統的な和紙も、藁・竹・熊笹の紙までさまざまです。いい和紙や画仙紙あるいは珍しい紙に巡り会えた時には、毛筆を使います。西洋から伝わった洋紙・画用紙と、東洋の墨・毛筆は相性が悪いと思います。
 絵手紙は一人では成り立ちません。差し出す相手、いただく相手がいます。相対的なコミュニケーションです。ですから絵手紙を描く目的は、ただ絵を描くだけでなく、自分の気持ち(心)を相手に伝えることです。落ち込んでいる人に力強い激励をする気持ちを伝えたい時の絵手紙は毛筆を使います。元気を出すよう、頑張るよう、勇気付ける絵手紙も、毛筆で表現します。また、伸び伸びした気持ち、大胆な表現、おおらかな気分を出したい時にも毛筆が適していると思います。

<第5話 毛筆の使い方(私流)>

 ○ 毛筆(書道用の筆)は、太さ8ミリ以上、軸の長さ20センチ以上を使っています。墨は青墨。絵の線を描くときはやや濃い墨色で、字・文章は濃い墨色で使い分けします。毛筆にたっぷり墨をつけます。一度墨をつけたら、かすれて描けなくなるまで途中で墨をつけません。
 ○ 毛筆の持ち方。小学生以来の習慣となっている筆の持ち方では、正直な気持ちが表現できないと思っています。せめて絵手紙の絵を描くときは習慣でない筆の持ち方をしてみます。筆の一番上を三本指で持ち、垂直に立てて線を引きます。
 ○ 毛筆には和紙が適しています。わが国の手紙文化の歴史をひもとくと、平安時代の昔から、手紙を書く紙の形は、立紙・折紙・切紙・巻紙などの形がありました。せっかく毛筆を使う機会には、伝統文化を生かして描いてみましょう。
 ○ 文章の書き方。「はがき」は紙面が小さく、絵の余白の文章は短くなりますが、毛筆でなくサインペンを使えばたくさん書けます。大きな和紙のときは、おもいっきりたくさんの文章を書き入れます。飾り物の掛け軸や色紙ではありませんから手紙としての文章を。字は上手くなくても、大きな字小さな字、行もまっすぐでなくてもいいのです。自由奔放に書いてください。

<第6話 空気のようだけれど>

 この絵手紙はあの人に出そうと、ポストに出かける時の、心が弾む思い。また、郵便受箱を覗いて、あっあの人から絵手紙が届いた!と受け取った時の嬉しさ。平凡な日常生活の中で感じる感動のひとときが持てる事は幸せです。絵手紙を描いて差し出し、絵手紙をいただく、それだけのことですが。
 絵手紙はすぐ届く。そのことが当たり前と思っています。空気のように。でも、空気も放射能に汚染されていれば、安心して吸い込み事はできません。私たちが絵手紙をすることに特別な心配をしないですむのは、『安心・安全』というわが国の郵便システムがあるからです。絵手紙は手紙です。手紙は郵便物として宛先に配達されます。手紙の内容はプライバシー、通信の秘密確保として法律で守られています。絵手紙を楽しむとともに、時には絵手紙を支える郵便システムにも関心を持ちましょう。
 国会で、二本郵政公社法、信書便法など郵政改革関連4法案が審議されています。『安心・安全』な郵便システムを確立してもらいたいと願わずにはいられません。

<第7話 サインペンで描く>

 鉛筆、ダーマート、水彩色鉛筆、毛筆といろいろな筆記用具を使って、絵手紙を描いてきました。今回はサインペンを使って描いてみます。私の絵手紙はどうしていろいろな筆記用具を使うのかわかりましたか?私は、プロの画家でも書家でもありません。むしろプロではないから絵手紙の本質がわかるのかもしれません。絵手紙というものは誰でも描けるものでなくては困ります。プロではなく老若男女誰でもできる趣味です。
 プロの画家は技法やテクニックによって、例えば毛筆一本で喜怒哀楽それぞれを表現する絵を描くことが出来るのに対し私たちはたいした技法を知りません。でも、人間誰でも絵を描く才能を授かっています。私たちは試行錯誤しながら、いろいろな筆記用具の特色を活かして、その時々の気持ちや心を表現できないか工夫してきました。やさしさ、繊細さ、力強さ、大らかさ、伸びやかさなどは、絵手紙の絵にとって大切な要素です。この大切な要素を出してくれるのが『線』であるということに気づきました。
 さて、サインペンで描く『線』はどんな気持ちや心の表現に適しているのでしょうか?次回、私の考えを述べてみたいと思います。

<第8話 サインペンの特色>

 サインペンで引く線は、他の筆記用具では出せない線が描けます。例えば鉛筆やダーマートよりもしっかりとした、硬い、毅然とした線が描けます。絵の彩色をした後も線描が明確に印象付けを与えてくれます。また、筆記用具と紙の相性を考えても、毛筆(墨)と和紙、鉛筆と洋紙などのような注意や配慮はせず、サインペンはどんな紙を使って描いても大丈夫です。私は、風景のスケッチや優しい・繊細・可愛らしいモチーフの絵手紙を描きたい時に使用しています。
 サインペンで描く時、私は親指と人差し指で挟む「挟み持ち」をします。文章も同じ持ち方で書きます。習慣でない持ち方が楽しいからです。皆さんもどうぞサインペンに親しんで描き書いてみてください。

<最終話 十年ひと昔>

 早いものでもう十六年前、定年後の趣味にしようと始めた絵手紙。横浜で小さな会を作りました。その事を知った関東郵政局から「関東管内の普通郵便局全局に普及してもらいたい」と要請があり、「やってみよう!」と夢を持ちました。
 そして、木下誠という個人名でなく「オール関東絵手紙協会」という名称を使うようになりました。その後、郵政関係をはじめ多くの皆さんの協力を頂き、大きな協会の組織に発展いたしました。関東7県に広がり、絵手紙の愛好者が増えました。私が抱いた夢が実現されました。有り難いことです。そこでこの9月末をもちましてオール関東絵手紙協会の会長を辞任いたしました。私は夢がないと生きられません。これからの人生、また夢があります。インターネット、ホームページやいろいろな情報を通じて、木下誠流の絵手紙を描いてみたいという、関東以外の地域の皆さんが増えています。北海道から沖縄まで広がりをみせています。
 関東はもちろん全国の絵手紙愛好者の皆さんの要望に応えていきたい、そのために「地球・絵手紙ネット協会」の組織・運営を軌道に乗せて行きたい!これが新しい夢です。これから夢を持ちたい有志の皆さん方の、お力添えをお待ちしています。最近、経験と年齢の故か、ようやく絵手紙の正体が少し解るような気がします。絵手紙は正直なもの。どんな技法・テクニックを勉強しても、技法の上塗りでは誤魔化されないその人の人間性が出てくるものです。心の優しさが無い人が、どんな技法を使おうと、優しい心が伝わる絵手紙は描けません。やはり、心伝える絵手紙というものは、絵手紙以前に、その人の人間性が大切です。